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食うものをくれ

こんばんは。
今日もまた、暑かったね!
元気にしてる?

今日もね、また本の話です。
で、昔書いた文章なので雰囲気が違うかも。
楽しんでもらえればいいけど。


「ブリンジ・ヌガク 食うものをくれ」
は最近読んだ本のタイトル。

アフリカのイク族を研究するため、彼らと生活を共にした文化人類学者の記録だ。

イク族はかつて山岳地帯を移動しながら狩猟・採集で生活を営んでいた民族だ。
おそらくその移動生活はそれなりに豊かであったと想像される。
しかし政府の政策により、作物もろくに実らない痩せた土地への定住を余儀なくされる。
そして訪れたのが継続的な飢饉である。

筆者がイク族の集落を訪れたとき、案内役のイク族の青年が
2年ぶりに会う病気の母親にかけた最初の言葉が、
「ブリンジ・ヌガク」(食うものをくれ)である。

様々な出来事が筆者を驚かせる。

自分以外の人間に無関心。
家族ですら、食物を分かち合わない。
得た食物はその場で食べつくされ、
食べ物を家に持ち帰り家族と分かち合うということは皆無だ。
例えば家で老人が病に伏していて、援助の食糧を自力で取りに行けないというとき、
彼らは老人の分の食糧も受け取り、家に帰り着くまでに食べつくしてしまう。
たとえ食糧が一人で食べきるには多すぎる量であっても。

そうやって老人や病人はは食べ物を奪われ、放置される。
子供も3歳で家から放り出される。

今にも死にそうな人に、筆者が与えようとした飲み物を、
同じ集落の女が取り上げて飲み干し、周りが笑う。
彼らにとって、弱者が困難に陥るシーンは、いつだっておかしくてたまらないのだ。
弱者を積極的に攻撃したりはしない。
けれど、年寄りが崖から足を滑らした際など、皆大いに笑う。


私たちが大切だとしてきた、愛が、思いやりが、道徳が存在しない世界。

筆者な彼らの有りように辟易するが、やがて気付く。
そんなものが入り込む余地がないほど、彼らの飢えは深刻なのだと。
愛など贅沢品で、そんなものを保持していたら、彼らはすぐに死に絶えていただろう。
彼らのやり方は、彼らが飢餓を乗り越え生き残るため出来上がったシステムだ。
愛や、思いやりや道徳は、本当は脆い。

最後に筆者はイク族の世界を現代に重ねる。

そうかもしれない。
今の世の中が、イク族の集落のようだって。
そんなこと認めたくないけれど。
少しづつ近づいていっていなないかと不安になる。

痩せこけた祖父を病院に見舞うとき、思う。
私はこの人をここに捨て置いたのではないかと。
まだ出来ることはあったはずなのに、その手間を惜しんだんではないかと。

飢えて痩せこけたアフリカの子供をテレビを通して見て思う。
私はこの子たちの食べ物を奪っていると。

子供の頃は、苦手だった過激なお笑いの人達。
「何であんな意地悪するの?」
なんて、今は思わず、きわどいことでも笑って見ている自分。

何かをしない残酷さ。
目をそらしているうちに、感覚が麻痺していく。
残酷なことを、残酷と感じることすら無くなっていく。

そういうことが、
今の世の中にもあてはまるのじゃないか。

時代に迎合している私が、こんなこと指摘できる立場ではないのだけれど。


以上。
長かったよね。
読んでくれてありがとう。
「みんな仲良く」って可愛いことばだよね。
じゃあ、また。


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Author: みほ
生きる日のよろこび、悲しみ。
一日一日が新しい彩りをもって
息づいている。
(By岡本太郎)

本と植物のお話が中心です。

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